食物アレルゲン表示の重要性

今から10年前、平成24(2012)年12月、東京都内の小学校で食物アレルギーの既往のある小学5年生の女児が給食後にアナフィラキシーショックを起こして死亡するという出来事がありました※1。文部科学省や厚生労働省、日本アレルギー学会などが委員会を設置して再発予防に取り組むなど、食物アレルギーのリスクの高さ、食品従事者一人ひとりの予防と管理に対する意識と取り組みの重要性を再認識させる出来事でした。
食物アレルギーの予防で重要なポイントの一つに、適切な表示によるアレルゲン情報の提供が挙げられます。消費者庁は昨年、食物アレルギーの義務表示品目に新たに「くるみ」を追加しました。今回は、この経緯についてご紹介します。

※1 調布市立学校児童死亡事故検証結果報告書概要版(平成25年3月)

アレルゲン表示のルールが変わります

食物アレルギーを引き起こす可能性がある原材料については、食品表示基準で「表示を義務付ける品目(特定原材料)」と、通知で「表示を推奨する品目(特定原材料に準ずるもの)」の2種類が規定されています。この特定原材料に2025年4月から「くるみ」を追加することが、2022年12月13日に開催された消費者委員会で決定しました。
食物アレルゲン表示の制度は、症例数や重篤度などを考慮して、随時見直しが行われています。現時点では表示義務の対象である特定原材料として7品目(卵、乳、小麦、えび、かに、落花生、そば)、表示推奨の対象である特定原材料に準ずるものとして21品目が規定されています。くるみは現時点(2023年1月現在)では表示推奨項目ですが、2年後からは特定原材料として表示しなければなりません(表1)。

表1 食物アレルゲンの義務表示と推奨表示(くるみが推奨表示から義務表示に変更)

特定原材料
※表示義務
特に発症数、重篤度から勘案して表示する必要性の高いもの えび、かに、小麦、そば、卵、乳、落花生(ピーナッツ)

特定原材料に準ずるもの
※表示を推奨

症例数や重篤な症状を呈する者の数が継続して相当数みられるが、特定原材料に比べると少ないもの アーモンド、あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチン

木の実類(特にくるみ)による食物アレルギーが増加しています

くるみを義務表示にするための検討は、2019年頃から既に行われていました。この背景には、近年、くるみによるアレルギー症例の報告が増加してきたことが影響しています。
消費者庁の調査によると、2020年に報告された食物アレルギーの症例(6,080例)のうち、上位は鶏卵2028例(33.4%)、牛乳1131例(例(18.6%)、木の実類819例(13.5%)、小麦533例(8.8%)、落花生370例(6.1%)などで、これら5品目で全体の約8割を占めていました(図1)。

図1 食物アレルギーの原因食品(n=6,068)
出展元:消費者庁「令和3年度 食物アレルギーに関連する調査研究事業 報告書」※2を改変

 

ちなみに2017年の調査では、原因食物の上位3品目は鶏卵・牛乳・小麦でしたので、「木の実類」の割合が増加して、小麦を上回ったことになります(図2)。

 

図2 食物アレルギーの発生要因の推移
出展元:消費者庁「令和3年度 食物アレルギーに関連する調査研究事業 報告書」※2を改変

 


図3 木の実類による食物アレルギーの発生割合の推移
出展元:消費者庁「令和3年度 食物アレルギーに関連する調査研究事業 報告書」※2を改変

※2 消費者庁「令和3年度 食物アレルギーに関連する調査研究事業 報告書」

補足:海外における「木の実類」の表示について

ただし、「カシューナッツとピスタチオ」「くるみとペカンナッツ」のように交差抗原性を示す場合もあります。そのため、海外では、アレルギー表示で「木の実類」という広い範囲で指定している国もあります(表2)。
日本では「患者の食品選択の可能性を過度に制限しない」といった観点から「できるだけ個別品目を指定することが適当」と判断して、くるみに限定しているようです。また日本の場合は、ペカンナッツの流通量が少ないことから、ペカンナッツを推奨品目にも挙げていない、といった状況もあるようです※3

※3 消費者庁「くるみの義務表示化の経緯等について」

表2 米国とEUにおける食物アレルギーの表示義務品目

EU(14品目) グルテンを含む穀類、甲殻類(カニ、エビ、ロブスター等)、卵、魚、ピーナッツ、大豆、乳(ラクトースを含む)、ナッツ類(アーモンド、ヘーゼルナッツ、くるみ、カシューナッツ、ピーカン、ブラジルナッツ、ピスタチオ、マカダミアナッツまたはクイーンズランドナッツ)、セロリ、マスタード、ゴマ、二酸化硫黄(亜硫酸塩)、ルピナス、軟体動物(カキ、イカ、ホタテなど)
米国(9品目) 牛乳、卵、魚、甲殻類、木の実、ピーナッツ、小麦、大豆、ゴマ

くるみ検査の公定法について

表示義務化の背景には、食品中のくるみの有無を科学的に検証するための公定法の確立の見通しが立ったことも挙げられます。公定法では、スクリーニング検査としてELISA法による定量検査(性格の異なる2種類のキットを使用)、確認検査としてウエスタンブロット法またはPCR法による定性検査法を実施します。
自主検査として食物アレルゲンの検査を実施する場合は、ELISA法のキットを1種類のみ実施する定量検査法や、イムノクロマト法のキットを用いる簡便・迅速な定性検査法などがあります。

ATPふき取り検査(A3法)を活用したアレルゲン管理

では、食品工場や飲食店等の厨房における食物アレルゲンの自主管理体制の構築について考えてみましょう。
ELISA法は、洗浄後のアレルゲンの残存を直接的に測定できる高感度・高精度のキットである一方、「操作が煩雑」「結果を得るまでに時間がかかる」といった側面もあります。イムノクロマト法は簡便性や迅速性に優れている一方、定性的なチェック方法(残存するタンパク量を測定することはできない)ため、得られた結果については、各事業者が慎重に判断する必要があります(表3)。
そこでオススメなのが、簡便・迅速に洗浄後の清浄度確認(数値管理)ができるATPふき取り検査(A3法)です。ATPふき取り検査(A3法)は、食品残渣などの生物由来の物質の残存をトータル的にチェックできる方法です。特定の食物アレルゲンを直接的に測定することはできませんが、「汚れ全般を対象とした、間接的なアレルゲン管理の手法」として、多くの食品現場で活用されています。
洗浄不足によるアレルゲンの残留を予防するための清浄度確認については、以前のクリーンネス通信「洗浄不足によるアレルゲン残留をなくそう」で提案していますので、ぜひ参考にしてください※4
ATPふき取り検査(A3法)を「日常的な清浄度確認のツール」として活用し、かつ定期的にELISA法などの「特異性の高い検証分析」を組み合わせることで、より確実なアレルゲン管理の実現を目指してみませんか?(図4)

表3 各種ふき取り検査法の特徴※4

 

図4 「日常的な検査」と「定期的な検査」を併用して、より信頼度の高い検査体制へ進化 ※5

※4 クリーンネス通信「洗浄不足によるアレルゲン残留をなくそう」
※5 キッコーマン食品株式会社 商品開発本部 渡邊崇健 氏「畜肉アレルゲン管理におけるATPふき取り検査(A3法)の活用」