これまで本コラムでは、現場の衛生管理やHACCP運用におけるATPふき取り検査(A3法)の位置づけについて解説してきました。
2回目となる○×クイズの今回はこれまでの内容を振り返る意味も込めて、ATPふき取り検査や環境の衛生検査に関する理解度を確認してみましょう。全5問をご用意しました。全問正解を目指して考えてみてください。

 

 

Q1 HACCP運用施設では、ATPふき取り検査はCCPではなく、一般衛生管理の項目の一つとして位置づけられる。一般衛生管理なので、あまり重要ではない。

 

【正解】
×
[キーワード]微生物の環境からの交差汚染、食物アレルゲンの環境からの「意図しない混入」、コーデックスの「より注意を要する一般衛生管理」(GHP with greater attention)

【解説】
HACCP計画のCCP(critical control point、重要管理点)とは、ハザード分析で特定されたハザード(病原菌やアレルゲンなど)を除去したり、許容可能なレベルで管理するために設定された「工程管理が極めて重要な箇所」「その工程での管理が不適切だと、食品事故につながる可能性がある箇所」のことです。
衛生管理や工程管理において、“インポータント(重要)”な管理点はたくさんあります。しかし、CCPとは「その管理を失敗したら致命的な状況に陥る可能性がある」という“クリティカル”な点であると認識してください。例えば、サルモネラ属菌や病原性大腸菌などの殺菌を目的とした加熱工程は「加熱の温度や時間が不足していたら、食中毒事故につながる可能性がある」と危惧されるので、一般的には“クリティカル”な管理点と考えられるでしょう。
ATPふき取り検査は、製造環境を常に正常に保つためのチェック方法であり、「サルモネラ属菌を排除する」「小麦アレルゲンを排除する」といったように、ハザード分析で特定された「重大なハザード(significant hazard)」を管理するための検査ではありません。基準値も、「重大なハザード」を管理するために設定されているわけではありません。そのため、CCPに設定されることはなく、あくまでも「環境を全体的に清浄にすること」を目的とした、一般衛生管理の項目の一つとして位置づけられます。
しかし、細菌性食中毒の多くは、製造環境からの二次汚染(交差汚染)によって発生しています。また、食物アレルギーによる事故や回収の多くも、環境からの「意図しない混入」によるものが多いです。「環境を清浄に保つ」ことが極めて重要であることは言うまでもありません。
そこで、コーデックス委員会の「食品衛生の一般原則」の2020年改訂版では、新しい概念として「より注意を要する一般衛生管理」(GHP with greater attention※1)という考え方を取り入れています。微生物や食物アレルゲンの二次汚染(交差汚染)が食品事故の原因となる可能性がある箇所は、ATPふき取り検査(A3法)が「より注意を要する一般衛生管理」となる可能性があります。皆さんの現場でも、ハザード分析を行って、そのような箇所がないか確認してみましょう。
「より注意を要する一般衛生管理」は、ISO 22000の「OPRP」と類似した考え方です(図1参照)。ATPふき取り検査を活用したOPRPの効果的運用については※2を参照してください。

※1 GHP=good hygiene practiceの略、HACCPの基盤となる一般衛生管理の部分を指す用語。なお、コーデックスの「食品衛生の一般原則」では、HACCPとGHPを合わせて、「食品衛生システム」(food hygiene system)と称しています。HACCPは単独で機能するシステムではなく、一般衛生管理という基盤を構築・運用・維持管理することで機能するものです。
※2 第111回ルミテスターセミナー「異物混入と食中毒を防止し、HACCP を強化する」


図1 重要な一般衛生管理の考え方 

 

Q2 環境の清浄度を維持する方法として、海外では「環境調査プログラム」という考え方が普及している。

 

【正解】

[キーワード]リステリア・モノサイトゲネス、環境調査プログラム

【解説】
Q1の「より注意を要する一般衛生管理」や「OPRP」について考える際、リステリア・モノサイトゲネス(以下、LM)という病原微生物のリスクについて理解するとわかりやすくなります。
海外では、LMによる食中毒が非常に大きな問題となっています。この菌は、リステリア症という病気の原因となります。高齢者や妊婦、抵抗力の弱いヒトたち(いわゆるハイリスク者)がリステリア症を発症したら、高齢者では髄膜炎や敗血症、妊婦では死産や流産などのリスクが高まることが指摘されています※3,4)。
LMには、低温でも増殖可能という特徴があります。つまり、LMが付着した食品は、冷蔵庫で低温保管したとしても、徐々に菌数が増える可能性があるのです。菌数が増えた食品を、喫食前に加熱せずに食べた場合、食中毒に罹る可能性があります。そのため、海外では、この菌はサラダやフルーツ、生ハム、チーズ、シーフードなど、消費者が自分で加熱せずそのまま食べる食品(いわゆるレディ・トゥ・イート食品)では、ハザード分析の際に考慮すべき微生物として認識されています。

※3 厚生労働省「リステリアによる食中毒」
※4 厚生労働省「調理済み食品中のリステリア・モノサイトゲネスの管理における食品衛生の一般原則の適用に関するガイドライン」

海外では、LMが最終製品に汚染しないよう予防するチェック方法として「環境調査プログラム」が普及しています。最終製品にLMが存在する場合、そのルートは「原材料にすでにLMが含まれている場合」と「環境からLMが二次汚染を起こした場合」という2通りが考えられます。
原材料に汚染している場合は、加熱工程をCCPに設定したり、消費期限・賞味期限を表示することが有効な対策となります。一方、環境からの汚染を防ぐには、環境を清浄に保つことが大切です。製品が流れるラインや、調理で使う調理器具やまな板などにLMが付着しないよう、洗浄を徹底すること、洗浄後の清浄度を確認することが重要な管理点となります。つまり、Q1の「より注意を要する一般衛生管理」に該当するかもしれません。その際、「一般衛生管理の運用状況を確認する方法」の一つが「環境調査プログラム」です。

「環境調査プログラム」は、日本ではまだ馴染みの薄い言葉かもしれませんが、輸出に取り組む企業では、すでに一般的な考え方となりつつあります。
環境調査プログラムは、最終製品が流れるラインやコンベア、最終製品を処理する包丁やまな板など、いわゆる「食品接触面」を特に重点的に検査します。
しかし、LMはどのように「食品接触面」を汚染するのでしょう? ヒトやモノを介して、ラインやコンベアの“周辺”から侵入してくるのです。つまり、ラインやコンベアにLMが入り込まないよう、「食品接触面の周辺」も検査対象にする必要があります。そのため、「食品接触面」を「ゾーン1」、「食品接触面の周辺」を「ゾーン2」といったように、リスクに応じてゾーン区分する考え方もあります※5

※5 FSPCA「Appendix 6: Hygienic Zoning and Environmental Monitoring Supplemental Information」Preventive Controls for Human Food First Edition (2016) https://www.ifsh.iit.edu/fspca/fspca-preventive-controls-human-food

 

Q3 環境調査プログラムでは、「菌が不検出(陰性)」が多いほど、プログラムが適切に運用していると評価できる。

 

【正解】
×
[キーワード]環境調査プログラム、検出=調査の成功(改善の機会)

【解説】
ふき取り検査で「菌が不検出」が増えるのは、もちろん悪い状況ではありません。しかし、すべての検体が「不検出」という状況に満足してしまい、「改善につながらない」という状況になってしまったら、衛生管理の仕組みは停滞してしまうかもしれません。環境調査プログラムで大切なのは、「結果を継続的改善に活かす」という考え方です。ですから、この設問の答えは「×」としました。
ここで少しだけ、Q2の「環境調査プログラム」のアプローチについて紹介します。
リステリア・モノサイトゲネス(LM)が最終製品から検出されたら大問題です。しかし、食品施設のふき取り検査でLMが検出されることは、まれなケースです。そこで、環境調査の検査では、「病原性のあるLMだけ」でなく「リステリア属菌」を対象とするのが一般的です。リステリア属菌を指標(インジケーター)とした検査を行うことで、リスクを未然に防ぐ、という考え方です。
大事なことは「リステリア属菌が不検出」=「合格」と、安易に評価しないことです。リステリア属菌は環境中に広く存在する微生物なので、「いつ検出されても不思議ではない」と認識することが、環境調査プログラムの基本姿勢です。「不検出だと改善につながらない。こっちが不検出なら、あっちを検査してみよう」と考えます。
つまり「リステリア属菌の検出」=「改善の機会」と捉える姿勢が大切です。そのため、リステリア属菌を対象とした環境調査プログラムでは「検出=調査の成功」と評価されます。たとえリステリア属菌が検出されても、検査担当者を責める必要はありません。環境調査プログラムは「見つけて、やっつけろ!(サーチ&デストロイ)」が基本姿勢といわれているくらいです。

ここまで「検査対象はリステリア属菌」と書いてきましたが、菌だけが単独で存在するわけではありません。菌はバイオフィルムという「菌の群れ」「菌のかたまり」を形成しています。洗浄が疎かになっている箇所は、バイオフィルムを形成しやすいので、警戒が必要です。逆に言えば、「洗浄しやすい箇所」をいくら検査しても、バイオフィルムは発見しにくいです。「洗浄しにくい箇所」「洗浄が行き届きにくい箇所」「そもそも普段は洗浄していない箇所」――そうした「衛生管理の盲点」を見つけることがポイントです。

さて、ここまで読んでいただいて、いかがでしたか? この考え方は、ATPふき取り検査との共通点が多いと思いませんか?
食品現場の“敵”はLMだけではありません。他の微生物や、アレルゲンなど、さまざまな物質が“やっつけるべき敵”です。ATPふき取り検査の場合、あらゆる有機物の指標(インジケーター)となると考えられます。現場から食品残渣やバイオフィルム、残留アレルゲンなどを排除することにつながります。ATPふき取り検査も十分に「環境調査」の役立つツールなのです。
ATPふき取り検査のふき取り箇所を探す場合、現場で作業している方々の意見を聞くとよいといわれています。現場で「ここの衛生管理が不安……」という情報は、現場の方が一番よく知っているからです。現場の声を取り入れたATPふき取り検査の体制構築――それは環境調査の第一歩になるはずです※6)。

※6 株式会社ふくや「辛子明太子工場における衛生管理

大事なことは、単に「検査の合格率を上げること」ではなく、「現状の課題を見つけること」です。ATPふき取り検査は「自主管理」のツールです。たとえ自主検査で「要注意」「不合格」といた“望ましくない結果”が出たとしも、その後の改善をきちんと行うことが、将来的なリスクの顕在化を未然につながるはずです。

 

Q4 ATPふき取り検査はノロウイルスや新型コロナウイルスそのものを検出できる。

 

【正解】
×
[キーワード]ウイルス、感染症対策の国際認証「GBAC STAR」

【解説】
厚生労働省の食中毒統計では、患者数の食中毒原因物質は20年近くノロウイルスがトップの状況が続いています※7(補足:例外的に、令和2年は病原菌大腸菌の食中毒がトップでしたが、これは2件の大規模な事例によるものです)。令和3年も患者数のトップはノロウイルスでした(図2参照)。
本コラムでも既載の通り、かつてノロウイルス食中毒は二枚貝を原因とする事例が多かったですが、最近は手洗い不足や、器具等の洗浄不足を原因とする二次汚染を原因とする事例が大半を占めています。
そのため、手洗の評価や教育にATPふき取り検査を活用している事例は多く、当サイトでも飲食店や給食、医療関係での事例を掲載しています。ぜひ参考にしてください。

※7 厚生労働省「令和3年食中毒発生状況(概要版)


図2 令和3年の食中毒の患者
出典:厚生労働省「令和3年度食中毒発生状況(概要版)」

Q3では、ATPを指標とした環境検査のメリットをご紹介しました。
ただし、ATPふき取り検査では、ノロウイルや新型コロナウイルスなどのウイルスを検出することはできません。ウイルスは遺伝物質(DNAやRNA)がタンパク質の殻に納まっただけの構造で、ATPを含まないからです。
ノロウイルス対策で重要なこと(現実的に実践可能な対策)は、環境全体を常に清浄に保つことです。ノロウイルスの基本は、手洗いの徹底、トイレの衛生管理、嘔吐物の適切な処理、従事者の適切な衛生管理、(可能であれば)加熱調理が、特に重要と言われています※8
特に、ヒトの手指が高頻度で触れる箇所(いわゆる高頻度接触表面)をキレイに保つことは重要で、その管理にATPふき取り検査(A3法)は大きな効果を発揮します※9

※8 サラヤ株式会社「食品取扱者のためのノロウイルス対策
※9 キッコーマンバイオケミファ株式会社「高頻度接触面の衛生管理

実は、新型コロナウイルスの感染拡大が社会問題になった時、ATPふき取り検査も話題となりました。ハイアットグループの一翼を担うホテルチェーン・アンダーズ 東京様では、感染症対策の国際認証制度「GBAC STAR」を取得していますが、そのリスクの洗い出しのアプローチとしてATPふき取り検査を利用しています※10

※10 キッコーマンバイオケミファ株式会社「アンダーズ 東京 衛生管理と感染症対策による安心・安全の取り組み

 

Q5 HACCP制度化では、業界団体が手引書を作成している。手引書にATPふき取り検査に関する記載がない場合は、ATPふき取り検査を活用しない方が望ましい。

 

【正解】
×
[キーワード]自主検査、食品微生物検査指針(微生物編)、AOAC-RI PTM認証

【解説】
厚生労働省の「HACCPに沿った衛生管理の制度化に関するQ&A」※11に記載がある通り、業界団体が作成した手引書は「必要な衛生水準の確保を可能とする」ためのものです。つまり「手引書の遵守は、HACCP運用のスタート地点」と言い換えられるかもしれません。
加えて、手引書では衛生管理の方法、清浄度のチェック方法に関する具体的なやり方までは記載してありません。具体的に、どのような管理を行うかは、各現場の選択に委ねられています。
HACCPで大事な要素に「自主管理」と「継続的改善」があります。常に、衛生管理の仕組みのレベルアップを図ることが重要です。つまり、自らの意思で「手引書をベースに、自社に合った衛生管理の仕組みにレベルアップしていく」という姿勢が理想といえます。「われわれの現場では、洗浄後の清浄度確認は、目視だけよりも厳しく行いたいから、ATPふき取り検査という科学的根拠のある方法を採用する」と判断したのであれば、たとえ手引書に記載がない方法であっても何も問題はありません。
Q1で紹介した「より注意を要する一般衛生管理」や「OPRP」の考え方も、手引書には記載されていません。しかし、「自分たちの現場をよく衛生的にするために、厳しいレベルの清浄度確認を行いたい」という場合、ATPふき取り検査(A3法)は非常に強力な武器となります。
ですから、この設問の答えは「×」としました。

※11 厚生労働省「HACCPに沿った衛生管理の制度化に関するQ&A

ATPふき取り検査(A3法)は、あくまでも一般衛生管理の「自主検査法」の一つです。しかし、逆に言えば、「自主検査」という言葉が示す通り、ATPふき取り検査では、検査のふき取り箇所や頻度、基準値は、自ら決めることができるのです。
基準値も、最初はメーカーの推奨を参考にしてスタートしたとしても、その後、現場で蓄積した検査結果の傾向を分析して、仕組みの改善を図ることは自由なのです。つまり、「自分たちの現在の衛生管理レベルに合わせた検査体制」を構築できるのです。
衛生管理では「やらされ感」「マンネリ感」が漂うのは非常に良くない状況と言われます。常に現場がポジティブな気持ちで衛生管理に取り組めるよう、ATPふき取り検査を有効活用してみませんか?

では、自主検査の方法を選定する際、どのような点に注目すればよいでしょうか?  簡便・迅速な検査キットの選定で大事な点として「簡便性」「迅速性」「信頼性」などの観点が挙げられます。簡便性と迅速性については、ATPふき取り検査は(培養を伴う検査法と違い)培地の調製や前処理、コロニーカウントなどの操作が不要であることなどから、誰でも簡便に操作できますし、検査結果は10秒程度で得られます。
信頼性については、ATPふき取り検査は2004年から「食品微生物検査指針(微生物編)」に収載されています。また、A3法はAOAC-RIからPTM認証を取得しています。そのため、A3法で得られた結果は、国内でも海外でも信頼感を持って受け入れています。