1.はじめに
食物アレルゲンは、アレルギーを持つ人にとっては重篤な健康被害をもたらす可能性がある化学的危害要因(ケミカルハザード)の一つです。そのため、HACCPを運用する現場においては、ハザード分析の際に絶対に見落としてはならない重大なハザードと言えます。たとえ業界団体が作成した手引書などにアレルゲンに関する記述が書かれていない場合であっても、自分たちの現場で使用している二次原料や添加物、包装資材、あるいは自分たちの工場で製造している別の製品なども含めて「潜在的なアレルゲンの問題はないか?」という観点からの評価は必須な活動です。
アレルゲンは最悪の場合、人命に関わる可能性すらある重大なハザードです。そのため、「的確な表示による消費者への情報提供」と「製造環境における混入(「交差接触(cross contact)」と言います)が起こらないような衛生管理」が重要なポイントになります※1。
消費者庁では食物アレルギーの発症状況などを考慮して、特定原材料(7品目、表示義務あり)と特定原材料に準ずるもの(21品目、表示が推奨されている)を規定しています(表1)。表示制度については随時見直しが行われており、最近では2017年にアーモンドが追加されました。また近年、くるみを原因とするアレルギー症例が増えていることから、くるみを特定原材料に追加するかどうかの議論も進められています(2022年4月現在)。
製造現場でアレルゲンを混入させないための管理については、第89回ルミテスターセミナーで大阪府和泉保健所の奥村真也氏や、第104回ルミテスターセミナーで東京都西多摩保健所の村上展通氏が、ATPふき取り検査を活用した管理基準値を模索する際の考え方、アレルゲンマップ(アレルゲンの残留箇所を施設図面にマッピングしたもの)を活用した改善の考え方などを解説していますので、ぜひご参考ください※2、※3。
※1 コーデックス委員会の新しいアレルゲン管理に関する文書(※4)では、微生物の意図的でない移行は「交差汚染」(cross contamination)、アレルゲンの意図的でない移行は「交差接触」(cross contact)と用語を使い分けています。この根底には、食物アレルゲンは汚染物質ではなく、あくまでも食材の残留という考え方があると考えられます。アレルゲン管理に関するコーデックス文書は、本通信の第2回でも紹介しています。
※2 村上 展通 氏、第104回ルミテスターセミナー「食物アレルゲン管理のポイントとATP+AMP ふき取り検査の活用」
※3 奥村 真也 氏、第89回ルミテスターセミナー「菓子製造施設における卵アレルギー対策としてATP 検査を活用」
※4 Codex Alimentarius, Code of practice on food allergen management for food business operators (CXC 80-2020) (adopted in 2020)
表1 アレルゲン表示が必要な項目
特定原材料 表示は義務 |
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特定原材料に準ずるもの 表示を奨励(任意表示) |
2.HACCP施設におけるアレルゲン管理
(1) 食物アレルゲン管理は米国でも重大な懸案事項
食品施設におけるアレルゲン管理は、世界共通の重要な課題です。一例を紹介すると、米国の厚生労働省に当たるFDA(米国食品医薬品局)は2011年に食品安全強化法(FSMA、Food Safety Modernization Act)を公布し、ほとんどの食品製造業者はHACCPの考え方を適用した「食品安全計画」(Food Safety Plan)を作成・実施することが義務付けられました。
食品安全計画を作成する際には、ハザード分析で「アレルゲンが重大なハザード」と判断した場合には、徹底的な洗浄や表示の管理など、「食物アレルゲン予防管理プログラム」あるいは「サニテーション予防管理プログラム」を設けて、CCP並に厳格な管理をすることを規定しています(図1)※5。
図1 FSMAでは、ハザード分析で「アレルゲンが重大なハザード」と判断した場合は、「食物アレルゲン予防管理プログラム」を作成しなければならない(※5を基に一部改変)
※5 FSPCA「Preventive Controls for Human Food Participant Manual」
(2) 洗浄不備がもたらすアレルゲンの混入リスク
原材料にアレルゲンが含まれている場合は、的確な表示によって消費者に向けた情報提供が可能です。表示に関する工程をCCPで管理している方もいるのではないでしょうか。
一方、現場での管理が難しいのは、洗浄の不備によってアレルゲンが残留し、それが次の食品に混入する場合です。例えば、あるラインでチーズをトッピングしたオムレツを作り、その後、トッピングのないプレーンオムレツを作るとします。どちらの製品にも「卵」の表示が必須です。では、「乳」の表示はどうでしょうか? チーズオムレツでは「乳」の表示が必須ですが、プレーンオムレツには「乳」の表示は必要ありません。
しかし、チーズオムレツを作った後、しっかりとした洗浄をしておらず、チーズの残渣が残っていれば、たとえそれが目視できないレベルの微細な残渣であっても、次のプレーンオムレツにチーズの成分が入り込んでしまう可能性があります。アレルゲンはわずかな摂取でも重篤な症状を呈することがあります。徹底的な洗浄が不可欠です。その洗浄は“やりすぎ”ということはないでしょう。
現場の一人ひとりが、「自分たちの施設のアレルゲンリスク」を認識したり、「洗浄不足が生じやすい箇所はどこか?」を把握していることが大切です。「自分たちの現場には、どのようなアレルゲン問題の可能性があるのか?」ということを教育・訓練する上で、ATPふき取り検査(A3法)やアレルゲンのイムノクロマト法のような、簡便・迅速な、その場で結果がわかる検査法は、非常に大きな教育効果を発揮してくれます。
(3) ATPふき取り検査(A3法)とアレルゲン検査キットを効果的に併用する
アレルゲンを対象とした環境調査の手法は様々です。ELISA法やイムノクロマト法を用いた検査は「卵の残留はないか?」「乳の残留はないか?」といったように、具体的な成分を対象とした検査ができる点で、非常に有効です。しかし、一方で「特定の対象しか検出できない」という側面もあります。
そこでお勧めするのがATPふき取り検査(A3法)です。ATPふき取り検査(A3法)は、特定のアレルゲンではなく、アレルゲンも含めたあらゆる種類の食品残渣を対象とした洗浄管理が可能です。つまり、ELISA法やイムノクロマト法よりも広範囲の検査ができます(図2)。ATPふき取り検査(A3法)とアレルゲン検査キット、およびタンパク検出キットの違いは表2をご参照ください※6。各現場の現状や予算、目的などに応じて最適な検査法を選択することが大切です。
様々な手法を組み合わせて、“複眼で現場をチェックする管理体制”を構築することは、より厳格な、かつ効果的な衛生管理体制の構築につながります。例えば、日々の洗浄確認は現場担当者がATPふき取り検査(A3法)で管理し、「日々の洗浄の確認が適切に実施できているか?」という定期的な検証は品質管理担当者がATPふき取り検査(A3法)以外の手法(ELISA法やイムノクロマト法、PCR法など)で行う、という組み合わせはいかがでしょうか?
複数の立場の担当者が、様々な検査方法を用いています。「より厳格な衛生管理」ができていると思いませんか?
キッコーマンバイオケミファが開発したATPふき取り検査(A3法)は、ATP、ADP、AMPを同時に測定できるので、従来のATPふき取り検査(ATPのみを対象とした検査)よりも高感度な測定を可能にしています。ATPふき取り検査(A3法)を用いたアレルゲン管理については、こちらもご参考ください※6。
図2 アレルゲン検査はアレルゲンのみ、ATPふき取り検査(A3法)はアレルゲンも含むあらゆる食品残渣を測定します。目的に応じた検査法を選ぶことが大切です。
表2 各ふき取り検査方法の特徴※6
※6 キッコーマンバイオケミファ社「アレルゲン管理にATPふき取り検査(A3法)を活用」
(4) 高感度なATPふき取り検査(A3法)はアレルゲン検査では理想的?
食品施設の衛生管理やHACCPの運用に際して、最も警戒しなければならない留意点として「リスクの見逃し」や「リスクの過小評価」が挙げられます。アレルゲンや微生物などの危害要因(ハザード)は目に見えません。ATPふき取り検査(A3法)やアレルゲン検査キット、微生物検査キットは、「見えないリスク」を見える化するツールです。特にアレルゲンは重大なハザードですから、自主衛生管理においては「できるだけ厳しい基準で管理する」という考え方は求められるはずです。
ただし、基準が厳しすぎると、現場の負担が大きくなる可能性もあります。そこで「基準は自分たちの現場の状況に合わせて調整する」という考え方をお勧めします。自主衛生管理では、検査項目や管理基準は、自分たちで設定したり、改訂することができます。最初は“暫定基準値”にしておき、管理状況に応じて徐々に厳しい基準値にしていく、というアプローチはいかがでしょう?
ATPふき取り検査(A3法)の基準値設定の一例は、キッコーマンバイオケミファのホームページなどでご紹介しています※7。現場で蓄積したデータを活かして、自主衛生管理のレベルアップにつなげる事例は、第127回ルミテスターセミナーで株式会社フーズデザインの加藤光夫先生が“3ステップ”で段階的にATPふき取り検査(A3法)を導入する考え方を紹介しています※8。ぜひこちらもご参考ください。
※7 キッコーマンバイオケミファ社「ATPふき取り検査(A3法)運用マニュアル(基準値設定など)」
※8 加藤光夫、第127回ルミテスターセミナー「自動記録できるATPふき取り検査を使った検証と改善」
自主衛生管理では、現場で蓄積したデータを活用して“継続的改善”に活かすことで、段階的なレベルアップを実現することができます。
3.おわりに
アレルゲンの混入は人命にかかわる重大リスクです。より厳格な管理が必要であることは言うまでもありません。しかし、現状では「現場のアレルゲン管理のための公的な基準」は存在しません。ならば、自分たちで決めるしかありません。
HACCPは自主衛生管理の仕組みです。現場で実行可能な、かつ厳格な管理手段として「ATPふき取り検査(A3法)を用いた環境検査(環境モニタリング)」を実践してみませんか?