病因物質別に「環境の清浄度確認」の重要性を考える

 

ノロウイルスによる食中毒

①ノロウイルスのピークは平成18年前後

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 サルモネラと腸炎ビブリオによる食中毒が減少する一方で、入れ替わるように台頭してきたのがノロウイルスです。平成30年頃は、患者数の約半数をノロウイルスが占めており、特に飲食店や仕出し弁当など、ヒトによる手作業の多い業種での事例が多く報告されています。ちなみに、ノロウイルスは、食中毒統計では平成14(2002)年まではSRSV(小型球形ウイルス、Small Round Structured Virus)と分類されていました。
 例年、300件前後の事例が発生し、患者数も平成15(2003)年には患者数が1万人を突破しました(報告数が増えた背景には、検出技術の向上なども影響していると考えられます)(図1)。変異株による大流行が発生した平成18/19(2006/07)年は、事件数499件、患者数2万7616人という高水準となりました。その後、HACCPの考え方が浸透したことなども奏功して、ノロウイルス食中毒の発生は減少傾向が見られています。新型コロナ以降は、さらに減少していますが、その要因としては、コロナの影響で手洗い習慣が定着したことや、飲食店の営業時間の短縮などが影響していると考えられます。

ノロウイルスによる食中毒の発生状況

図1 ノロウイルスによる食中毒の発生状況※1

②二枚貝が原因の食中毒の時代から、二次汚染が原因の食中毒の時代へ

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 ノロウイルスで特に問題となるのは、ヒトや環境からの二次汚染です。かつて、ノロウイルスはカキなどの二枚貝の生食や加熱不十分な場合の発生が多く、「冬場の食中毒」というイメージが強いですが、近年は、ヒトや環境の二次汚染による事例が多く、「通年で警戒しなければならない食中毒」となっています。
 ノロウイルスに対する認識が変わり始めたのは平成15(2003)年前後です。2003年1月、学校給食のパンを原因食品とする食中毒が発生しました。この事例は、「二枚貝以外の食品からノロウイルスが検出された事例」「従事者も含めた製造施設の環境が、ウイルスの拡散に関与した集団食中毒を引き起こした事例」という点で、当時としては珍しい事例でした※2。その後も、例えば、パンによるノロウイルスは起き、平成26(2014)年にも学校給食のパンで患者数が1000人を超える大規模食中毒が発生しています。この事例でも従事者や環境の衛生管理の不備が指摘されました。平成29(2017)年には東京や和歌山など広域で、刻み海苔を原因とするノロウイルス食中毒が発生し、患者数2000人を超える大規模事例となりました。

③HACCPと一般衛生管理を“車の両輪”のように機能させる

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 乾燥した(水分活性が低い)食品でも、ヒトや環境からノロウイルスが持ち込まれてしまったら、食中毒が起きる可能性はあります。加熱工程がある場合でも、加熱後にヒトや環境からノロウイルスが付着しないよう、HACCP計画の遵守(確実な加熱など)だけでなく、一般衛生管理、特に「従事者の個人衛生(健康管理、手洗い)」と「器具や装置の洗浄」に配慮が必要です。手洗い後の手指の清浄度確認や、器具・装置の洗浄後の清浄度確認などに、ATPふき取り検査は大きな効果を発揮します。
 この2点に加えて、「施設内での嘔吐物の適切な処理」「トイレの衛生管理」「加熱調理」の観点も組み合わせることで、しっかりとしたノロウイルス対策が構築できます※3。つまり、HACCP(工程管理)と一般衛生管理(環境の衛生管理)を“車の両輪”のように機能させるイメージで対策を講じることが大切です。

 

※1 厚生労働省 食中毒統計資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html
※2  野田衛著、丸山務監修「お客様 従業員 家族をノロウイルス食中毒・感染症からまもる!!―その知識と対策」日本食品衛生協会(2017)
※3  サラヤ株式会社:食品衛生を考える総合サイト「食品取扱者のためのノロウイルス対策」

 

大腸菌による食中毒

 大腸菌による食中毒(食中毒統計の分類では「腸管出血性大腸菌(VT産生)」と「その他の病原大腸菌」)は、年間20~30件発生しています(図2、図3)。食肉や野菜などの原材料に病原大腸菌が付着していて、それが十分に殺菌されずに食中毒に発展した事例がある一方、従事者の手指などを介して二次感染が起きた事例もあります。食材の衛生的な取り扱い、十分な加熱調理、手洗いや環境の洗浄の徹底などが重要な対策となります。つまり、HACCPとPRP(一般衛生管理)の両方が重要です。
 過去には、平成8(1996)年年の野菜の生食、平成23(2011)年の肉の生食、同24年(2012)年の漬物を原因食品とする事例など、死者が発生した事例もあることから、病原性のある大腸菌のリスクが考えられる場合は、HACCP計画の中で管理手段を明確にしておくことが大切です。
 ちなみに、2020年は2件の大規模食中毒が発生しました。患者数は、海藻サラダを原因とする事例で患者数2958人、仕出し弁当原因とする事例で患者数2548人と報じられています。これは平成~令和では、過去2番目と3番目に大規模な食中毒です。海藻サラダの事例では、原材料でのO7汚染の可能性や、調理工程中の温度管理の不備が指摘されています※4。ちなみに、患者数が最多の事例は平成12(2000)年の加工乳を原因食品とする黄色ブドウ球菌による食中毒で、この事例では有症者数は1万4000人を超えています。

図2 腸管出血性大腸菌(VT産生)による食中毒の発生状況※1

病原性大腸菌による食中毒

図3 その他の病原性大腸菌による食中毒の発生状況※1

※4  埼玉県内の学校給食で発生した病原大腸菌による集団食中毒についてhttps://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000756179.pdf

 

カンピロバクターによる食中毒

 カンピロバクターは、毎年、事件数・患者数とも高水準で推移しています(図4)。食肉(特に鶏肉)の生食や加熱不足が原因の事例も多いですが、「調理中の取扱い不備による二次汚染が原因の事例も多い」という特徴があることも見逃せません。上記の大腸菌食中毒と同様、HACCPとPRPの両方が重要です。例えば、調理の際に、生の鶏肉に付着していたカンピロバクターが、まな板や包丁、シンクなどを汚染し、それらに触れたサラダなどが原因食品となることがあります。例えば、学校の調理実習で、鶏肉から調理器具を介して、サラダや刺身などにカンピロバクターが二次汚染して食中毒に至った事例もあります。
 原因施設の大半は飲食店です。なお、令和2(2020)年は事件数・患者数とも前年から4割ほど減少していますが、これはコロナ禍において飲食店の営業時間が短縮された状況なども反映していると考えられます。

図4 カンピロバクター・ジェジュニ/コリによる食中毒の発生状況※1

 

環境からサルモネラやリステリアが移行する?

①環境からのリステリアの汚染 ~特に食品接触面の衛生状態に警戒!~

 海外では、環境から病原菌が移行して、重大な食中毒につながった事例が多数報告されています。欧米では特に問題視されているのは、非加熱で喫食する食品(いわゆるRTE(レディ・トゥ・イート食品)を原因食品とするリステリア・モノサイトゲネス(LM)食中毒です。LMは、妊婦では死産や流産のリスクがあること、高齢者や抵抗力の弱いヒトなどの致死率が高いことなどから、欧米では(LMの可能性は)ハザード分析で考慮すべき“重大なハザード”として認識されています。
 そのため、生食用のカット野菜やカットフルーツなどを製造する施設では、環境の衛生管理の徹底(洗浄・消毒の徹底)、特に食品接触面の洗浄が極めて重要な管理ポイントとなります。

②環境からのサルモネラの汚染 ~水分活性が低い食品でも起こり得る!~

 意外に思われるかもしれませんが、近年、欧米では、環境からサルモネラが移行する可能性についても警戒されています。先ほどご紹介したように、以前は卵や食肉を原因食品とする食中毒が多かったことから、原材料の管理や、適切な加熱が重要な管理ポイントとして認識されていました。一方で、近年、欧米では、ナッツバターやシリアルなどの水分活性の低い食品で、サルモネラ食中毒が報告されています※5。その原因を調べると、環境にサルモネラが住みつき、製品を汚染した事例があるのです。サルモネラは比較的乾燥に強いことから、工場内にバイオフィルムを形成して常在していた可能性が考えられています。
 ちなみに、日本でも1999年に水分活性の低い食品(イカ乾燥菓子)でのサルモネラ食中毒は発生しています。46都道府県で患者数1634人の食中毒が報告されています。当時は「水産乾燥食品が原因となったサルモネラ食中毒」は「前例のない、食中毒の常識を覆す事例」と認識されていましたが、過去の食中毒事例から得られる情報や教訓は、ハザード分析の際にインプットすることが大切です。

③食品接触面のATPふき取り検査の有効性

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 加熱工程のない食品(サラダなど)の食品では、環境から微生物(とりわけLMやサルモネラなど)が移行する可能性がないか、検討しなければなりません。加熱工程がある場合でも、加熱後に環境からの汚染がない(二次汚染が起こらないよう)細心の注意が必要です。
 そのため、環境(特に食品接触面)の清浄度をATPふき取り検査で確認している現場も多く、ISO 22000やFSSC 22000の認証を取得している施設では、そうした食品接触面の清浄度管理をOPRP(オペレーションPRP)として管理している事例もあります。
 欧米では、環境からのLMやサルモネラの二次汚染を防ぐため、や環境調査への関心が高まっており、必要に応じて製造環境におけるリステリア属菌やサルモネラ属菌の分布状況について調査を実施している施設もあります(日本でも一部の企業が実施しているようです)。今後、日本でも環境調査に関心を持つ企業が増えてくるかもしれません※6

※5  食品安全情報(微生物)No.21 / 2012 http://www.nihs.go.jp/dsi/food-info/foodinfonews/2012/foodinfo201221m.pdf
※6  東京都健康安全研究センター「食肉製品製造施設におけるListeria monocytogenes汚染低減化のための効果的衛生管理法及び監視指導方法の検討」 https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin//hyouka/files/20sentei1-siryo2-3.pdf

 

追記:工程管理が重要な2種類の病因物質

①芽胞菌による食中毒

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 芽胞菌による食中毒も毎年、一定程度は発生しており、事件数ではウェルシュ菌は20~30件、セレウス菌は5~10件ほどが報告されています(図5、図6)。ノロウイルスやカンピロンバクターなどと比べると事件数は少ないですが、これらは特に1件当たりの患者数が多いという特徴があります。そのため、給食施設などの大量調理施設では「給食病」という異名でも知られています。
 ポイントは加熱後の速やかな冷却と、提供前の的確な再加熱です。HACCP計画を検討する際に、加熱と冷却の両方のルールを明確にすることが肝要です。

ウェルシュ菌による食中毒の発生状況

図5 ウェルシュ菌による食中毒の発生状況※1 

セレウス菌による食中毒の発生状況

図6 セレウス菌による食中毒の発生状況※1 

 

②寄生虫による食中毒

 ここ数年、事件数のトップはアニサキス(寄生虫)です。アニサキスは海産物に付着している寄生虫で、厚生労働省の食中毒統計では、アニサキスは以前は「その他」に分類されていましたが、2013(平成25)年から「寄生虫」の項目内にクドア(主にヒラメに寄生)、サルコシスティス(主に馬肉に寄生)およびアニサキスが追加されました。
 アニサキス食中毒事例のほとんどは家庭と飲食店で発生しており、1件当たりの患者数は1~2人です。そのため「事件数≒患者数」という状況にあります(図7)。アニサキスのリスクが懸念される場合は、加熱や冷凍などの工程管理が有効な対策となります。

アニサキスによる食中毒の発生状況

図7 アニサキスによる食中毒の発生状況※1

 

米国の食中毒発生状況

 参考までに、米国の食中毒発生状況についてもご紹介します。CDC(疾病管理予防センター)は、年間で患者数4800万人、入院者数12万8000人、死亡者数3000人と推定しています。病因物質別の上位5種を表のように推定しています※7

名称 患者数(人) 入院患者数(人) 死亡者数(人)
1位 ノロウイルス
5,461,731
サルモネラ
19,336
サルモネラ
378
2位 サルモネラ
1,027,561
ノロウイルス
14,663
トキソプラズマ
327
3位 ウェルシュ菌
965,958
カンピロバクター
8,463
リステリア・モノサイトゲネス
255
4位 カンピロバクター
845,024
トキソプラズマ
4,428
ノロウイルス
149
5位 黄色ブドウ球菌
241,148
大腸菌 O-157
2,138
カンピロバクター
76

※7 CDC, Surveillance for Foodborne Disease Outbreaks United States, 2017: Annual Report https://www.cdc.gov/foodborneburden/2011-foodborne-estimates.html

 

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