HACCPの歴史を見てみよう
HACCP制度化が本格施行されてから約2年が経過しました。HACCPは1960年代NASA(米国航空宇宙局)が宇宙食の安全性を確保するための仕組みとして開発されましたが、そこからすでに60年近くが経過し、あらゆる業種・業態で導入可能な仕組みへと発展してきました。
温故知新――古(ふる)きを温(あたた)めて新しきを知る、という言葉があります。今回はHACCPを取り巻く歴史、HACCP関連の法改正の経緯を、簡単に年表形式で振り返ってみましょう。HACCPの概念は、時間をかけて進化してきました。しかし、HACCPの本質的な考え方が変わったわけではありません。ハザード分析の重要性を強調する、一般衛生管理の重要性が高まる、多種多様な業種・業態でも取り組めるよう“フレキシビリティ(柔軟性、弾力的な運用)”の理解が深まるなど、具体的なアプローチ(現場への落とし込みの考え方)が時代とともに進化してきた、ということが見えてくるはずです。
(1) 1960年代:米国でHACCPの考え方が誕生
1959年:NASAが宇宙食の安全確保の仕組み構築に着手
〈米国〉1958年(昭和33年)、米国航空宇宙局(NASA)が発足。翌59年、NASAは陸軍のネイティック(Natick)研究所の協力を得ながら、宇宙食の開発に着手します。特に重要なテーマは「破片の発生防止」と「病原菌対策」でした。
1965年、ネイティック研究所のデータを基に、NASAは宇宙食の微生物学的な受け入れ基準を作成します。ただし、もともと製造数が少ない宇宙食では、統計学的なサンプリングの適用は困難です。そこで、当時、工業分野で最新の手法であったFMEA(Failure Mode and Effect Analysis、故障モード影響解析)の考え方を基に、工程管理に重きを置く考え方を検討します。この考え方を基に、米国・ピルスベリー社が宇宙食の安全性確保としてHACCPの考え方を構築していきます。
(2) 1970年代:米国で官民にHACCPの考え方が広がる
1973年:FDAが低酸性缶詰の法規制にHACCPの考え方を導入
〈米国〉食品安全行政を管轄するFDA(食品医薬品局)は低酸性缶詰食品のGMP規則(適正製造規範に関する法規制)にHACCPの考え方を盛り込みます。ただし、この規則では、まだHACCPという単語は用いられていません。このきっかけは、前年頃からスープ缶詰によるボツリヌス食中毒が発生したことが影響しています。FDAはピルスベリー社に協力を仰ぎ、宇宙食製造で開発した概念を、食品衛生監視に取り入れることにしました。このテキストが、初めてHACCPという言葉が登場した公的な文書という説があります。
ただし当時は今のような7原則ではなく、3原則(ハザード分析→CCP決定→モニタリング手順の確立)でした。そう考えると、HACCPの7原則のうち、最も重要な「核心」「根幹」となる要素は、この3原則と言えるかもしれません。
1970年代:HACCPが民間企業へも波及
〈米国〉1974年以降、ピルスベリー社は自社の工場でHACCP手法を導入していきます。米国内では大手企業ではHACCPの考え方を取り入れる動きがみられるようになってきます。
(3) 1990年代:米国でHACCP義務化、コーデックスもガイドライン公表
1993年:Codex委員会がHACCPガイドライン公表
〈コーデックス〉1993年(平成5年):Codex委員会が一般衛生管理に関するガイドライン(国際衛生規範勧告―食品衛生の一般原則;international Code of practice-General Principle of Food Hygiene)と、その付属文書としてHACCPガイドライン(HACCPシステム適用のためのガイドライン;Guidelines for the application of the Hazard Analysis and Critical Control Point system)を公表します。
ちなみに、このガイドラインは、1997年、2003年、2020年に大幅に改訂されています。特に重要な改訂のポイントとして、以下のような点が挙げられます。 【1997年の改訂】1993年版と比べて前提条件プログラムの重要性を強調。 【2003年の改訂】フレキシビリティ(柔軟性、弾力的)のある取り組みについて強調。この背景には、WHOが1999年に公表した文書「Strategies for Implementing HACCP in Small and/or Less Developed Businesses」(SLDBに向けたHACCP導入戦略)」の存在があります。SLDB(小規模かつ/あるいは発展に乏しい事業者)がHACCPに取り組む際には、「柔軟に取り組む」「弾力的に取り組む」という考え方が重要となります。 【2020年の改訂】ISO22000やFSSC22000などの国際認証が普及したこと、世界各地でHACCP義務化の動きが見られたことなどを背景に、ガイドライン全体の構成が大幅に変更されました。特筆すべき改訂ポイントの一例として、一般衛生管理とHACCPの関係性をより明確化した点や、「食品安全文化」(Food Safety Culture)の考え方をはじめとして経営層のコミットメントをより一層重視している点、「より注意を要する一般衛生管理」(GHP with greater attention)の概念を採用した点、アレルゲン管理を一層強調している点などが挙げられます。
1995年:総合衛生管理製造過程の承認制度を創設
〈日本〉平成7年、食品衛生法の一部改正が行われ、総合衛生管理製造過程による承認制度が創設されました。翌年から施行され、2003年の食品衛生法改正に伴い「更新制」も導入されました。なお、この承認制度は2020年(令和2年)、HACCP制度化の施行に伴い、廃止されました。
なお日本では、1992年(平成4年)に厚生省(現在の厚生労働省)が「食鳥処理場における HACCP 方式による衛生管理指針」を公表しています。
1997年:米国でHACCP義務化が始まる
〈米国〉1995年にFDAが水産分野のHACCP規則を公布(97年から施行)したことを皮切りに、品目別にHACCP義務化の動きが進みます。1996年にUSDA/FSIS(米国農務省 食品安全検査局)が食肉・食鳥肉の分野でHACCP規則を公布(1998年から施行)、2001年にはFDAがジュース類でHACCP規則を公布します(2002年から施行)。法律の名称は以下の通りです。 【水産分野】Procedures for the Safe and Sanitary Processing and Importing of Fish and Fishery Products 【食肉・食鳥肉分野】Pathogen Reduction; Hazard Analysis and Critical Control Point (HACCP) Systems 【ジュース分野】HACCP Procedures for the Safe and Sanitary Processing and Importing of Juice
この後、2011年に食品安全に関する法律の大規模改正が行われ、「食品安全強化法」(Food Safety Modernization Act)が交付されました。この法律により、米国内で流通する食品(輸入食品を含む)を製造する実質的に全ての事業者にHACCPの考え方に沿った衛生管理が義務づけられることとなりました。
1997年:大量調理施設衛生管理マニュアルを通知
〈日本〉平成9年に大量調理施設(同一メニューを1回300食以上、または1日750食以上を提供する施設)に適用される、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理マニュアルが公表されました。
1997年:NACMCFがHACCPガイドライン公表
〈米国〉食品微生物基準全米諮問委員会(NACMCF)がHACCPガイドライン「HACCP原則と適用のガイドライン」(Hazard Analysis and Critical Control Point: Principles and Application Guidelines)」を公表しました。
1998年:リテールHACCPガイドライン公表
〈米国〉FDAがリテール・フードサービス分野を対象としたHACCPガイドラインを公表します。このガイドラインは2005年に新指針が公表されました(2006年に改訂)。この指針は、事業者向けと行政の監視員向けの2種類が公表されています。 【食品事業者向け】Managing Food Safety: A Manual for the Voluntary Use of HACCP Principles for Operators of Food Service and Retail Establishments 【行政の監視員向け】Managing Food Safety: A Regulator's Manual For Applying HACCP Principles to Risk-based Retail and Food Service Inspections and Evaluating Voluntary Food Safety Management Systems
1998年:HACCP支援法を創設
〈日本〉平成10年に「食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法」(HACCP支援法、現在はHACCP法)が5年間の時限立法として創設されました。この法律は、平成10年(1998年)に5年間の時限法として制定。平成15年(2003年)に5年延長、同20年(2008年)にさらに5年、同25年(2013年)にさらに10年延長する改正法が公布されています。
2001年:ISO15161:2001発行
〈ISO〉ISO15161:2001「食品および飲料産業のためのISO9001:2000規格の適用ガイドライン」が公表され、HACCPとISO9001(品質管理マネジメント規格)を同時に運用する際の考え方が示されました。
(4) 2000年代:EUでHACCP義務化、国際規格も台頭
2003年:食品衛生法の大規模改訂、食品安全基本法の制定など
〈日本〉平成15年、「国民の健康の保護のための予防的観点に立った、より積極的な対応」「事業者による自主管理の推進」「農畜水産物の生産段階の規制との連携」などの視点で、食品衛生法の大規模改正が行われました。
また、同年には食品安全基本法の制定、内閣府食品安全委員会の発足など、日本の食品安全行政で大きな変革が行われました。
2004年:EUでHACCP義務化
EUがEU指定(Regulation(EC)852/2004)でHACCPを義務化しました(2006年から施行)。
2004年:管理運営基準に関する指針(ガイドライン)通知
〈日本〉平成16年、「食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)」が通知され、Codex委員会の「食品衛生の一般原則」の内容などを参考に「管理運営基準準則」が全面的に見直されました。
2005年:ISO22000公表
〈ISO〉ISO22000: 2005(食品安全マネジメントシステム―フードチェーンに関わる組織に対する要求事項)が発行されました。
2010年:FSSC22000発行
新しい食品安全管理規格としてFSSC22000:2010が発行されました。FSSC22000は、ISO22000:2005とISO/TS22002-1:2009(以前はPAS220:2008)をベースにした規格です。2010年にGFSI(Global Food Safety Initiative)のベンチマークスキームとして承認されたことなどをきっかけに、現在では全世界で認証取得の取り組みが見られています。なお、ISO/TS22002-1は、一般衛生管理に関する技術仕様書です。
2011年:米国食品安全強化法(FSMA)公布
〈米国〉食品医薬品局(FDA)が食品安全強化法(FSMA、Food Safety Modernization Act)を成立し、それに伴い現行適正製造規範(cGMP)の改訂なども順次実施されました。この法律の施行に伴い、米国内で流通する食品(輸入食品を含む)を製造する実質的に全ての事業者にHACCPの考え方に沿った衛生管理が義務づけられることとなりました。
(5) 2010年代:日本でもHACCP義務化へ
2014年:「従来型基準」「HACCP導入型基準」公表
〈日本〉平成26年、厚生労働省は、将来的なHACCP義務化を見据えて「食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)」を改正し、従来の基準(従来型基準)に加え、新たにHACCPを用いて衛生管理を行う場合の基準(HACCP導入型基準)を設けました。
合わせて「と畜場法施行規則及び食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律施行規則」の一部改正も通知されました。
2016年:HACCP義務化へ本格議論
〈日本〉平成28年、厚生労働省は「食品衛生管理の国際標準化に関する検討会」を全9回にわたり開催し、12月26日付で最終とりまとめを公表しました。
この最終とりまとめでは、基準A(コーデックスHACCP 7原則に基づく衛生管理)と基準B(HACCPの考え方に基づく衛生管理)の考え方が示されました。基準Bは「一般衛生管理を基本として、業界団体が事業者の実情を踏まえ、厚生労働省と調整して策定した使いやすい手引書等を参考にしながら必要に応じて重要管理点を設けて管理する衛生管理」と説明されています。
2016年:日本発の食品安全管理規格の作成に向けた動きが本格化
〈日本〉平成28年、後にJFS規格の管理組織となる一般財団法人食品安全マネジメント協会(JFSM)が設立されました。同年にはJFS-A規格、JFS-B規格、JFS-C規格などが公表されました。JFSMは2015年に組織された「一般財団法人食品安全マネジメント協会設立者集会」を母体とする組織で、日本発の食品安全マネジメントに関する規格・認証スキーム等の運営主体として活動しています。なお、JFS-C規格は、2018年からGFSI承認規格として認められ始めています。
2018年:食品衛生法等の一部を改正する法律が公布
〈日本〉平成30年6月、食品衛生法等の一部を改正する法律が公布されました。この改正の要点は、①広域的な食中毒事案への対策強化、②HACCPに沿った衛生管理の制度化、③特別の注意を必要とする成分等を含む食品による健康被害情報の収集、④国際整合的な食品用器具・容器包装の衛生規制の整備、⑤営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設、⑥食品リコール情報の報告制度の創設、⑦その他(乳製品・水産食品の衛生証明書の添付等の輸入要件化、自治体等の食品輸出出関係事務に係る規定の創設等)などです。
HACCP制度化は2021年から本格施行しています。総合衛生管理製造過程の承認制度は2020年(令和2年)をもって廃止、各種衛生規範は2021年(令和3年)をもって廃止されました。
衛生規範については、1979年に「弁当およびそうざいの衛生規範」、1981年「漬物の衛生規範」、1983年「洋菓子の衛生規範」、1987年「セントラルキッチン/カミサリーシステムの衛生規範」、1991年「生めん類の衛生規範」が通知されました。衛生規範が廃止された背景には、「HACCPは自主衛生管理のための仕組みであり、その手法や基準は自社で検討・構築すべき」という考え方が根差しています。
(6) おわりに
1960年代から簡単にHACCPの歴史を振り返ってみました。HACCPは、黎明期は米国で開発された「3原則」でしたが、徐々にCodex委員会などで国際的な議論が広がり、7原則として確立されました。また、米国やEUなど、世界各地で義務化の動きも広がり、「どのような業種・業態でもHACCPに取り組めるように」という考えから、「フレキシビリティ」(柔軟性のある運用、弾力的な運用)も重視されるように発展を遂げてきました。HACCPは、当初は主に大企業が導入する仕組みでしたが、徐々に中小・零細規模の現場での導入を意識するようになり、2000年代には飲食店のようなリテール・フードサービス分野での運用も考慮されるようになりました。
そのようにHACCPの考え方や法規制が世界に広がり、「国際標準」として定着してくると、いよいよ2000年代からはISOのような「国際規格」「国際認証」が台頭するようになってきました。
ここで大事なことは、HACCPは「机上の空論」ではなく、「実効性のあるアプローチ」で取り組まなければならない、という点です。そのためには、「HACCPは単体では機能しない。一般衛生管理という“土台”があってこそ真価を発揮する」という理解も大切です。強固な一般衛生管理を構築し、的確なハザード分析に基づくハザード制御(ひいてはリスク管理)を行うことがHACCP運用のカギとなります。
下図は厚生労働省の資料を基に作成した、現場における衛生管理のポイントをまとめたものです。微生物検査培地やATPふき取り検査など、様々なツールを用いて「現場に存在する『見えない汚れ』『見えないリスク』」を“見える化”することで、現場の衛生管理のレベルアップ、現場で働く方々の衛生意識の高揚につながります。そうした取り組みが、自主管理としてのHACCPが形骸化することなく、現場で食品安全文化とともに浸透・定着することへとつながるはずです。
図: 強固な「一般衛生管理」を築くことが、HACCPの構築・運用維持管理を支える
出典元:厚生労働省の資料(厚生労働省リーフレット「あなたのお店は大丈夫? 衛生管理を『見える化』しませんか?」)を基に改稿
http://saga-shokkyou.com/wp/wp-content/uploads/1e94402488a1ed8af5a249b9e37ebf72.pdf
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