1.はじめに ~簡便・迅速培地で自主的な微生物検査を始めてみませんか?

2021年6月からHACCP制度化が本格的に施行され、衛生管理計画の作成や実施、記録付けが義務付けられています。その一方で、各種の衛生規範が廃止になるなど、「HACCP=事業者が自主管理として取り組む仕組み」という側面も強調されています。
自主管理としてのHACCPを運用する上で、重要な要素の一つが「科学的根拠」です。自分たちの現場の一般衛生管理やHACCPが適切に運用されているかどうか、微生物検査などの結果を基にモニタリングしたり、検証する取り組みが重要となります。実際にHACCPに取り組む中で、「CCP管理が適切に行われているか、微生物検査で検証したい」「環境の清浄度を自主検査で確認したい」など、今までよりも“ワンランク上の衛生管理”を見据えて、「自分たちの社内でも微生物検査ができる体制を整備したい」「すでに微生物検査室は設置しているが、今まで以上に信頼される検査室でありたい」と考えている方も多いのではないでしょうか。
一方で、「どのような検査を行えばよいのだろう?」「微生物検査って難しそうなイメージがある」と考える方もいらっしゃると思います。そこで便利なのが「簡便・迅速培地」です。図1は弊社キッコーマンバイオケミファが製造している簡便・迅速培地「Easy Plate」の使い方です。サンプルを調製したら、あとは図のようにカバーフィルムを開き、サンプルを滴下し、カバーフィルムを閉じます。あとは予め決められた温度で培養すると、培地上に微生物が生育してきます。サンプル調製も、図1の作業も、専門的な技術や経験はそれほど必要ではありません。
いかがでしょう、「これなら簡単に使えるかも」という気がしてきませんか?

図1 簡便・迅速培地の使い方の例

 

2.公定法と自主検査の役割の違い

では、どのような検査を行えばよいでしょう?
微生物検査には、大きく分けて、保健所や衛生研究所といった公的な機関が「食品衛生法などの法律を遵守しているか?(法的な規格や基準に適合しているか?)」を確認するための検査と、食品企業などが自主的に行う検査に分けられます。

(1) 法令遵守(法律への適合性)は公定法で評価しなければなりません

食品衛生法で定められた規格に適合しているかどうか(コンプライアンス適合性)を評価する場合は、いわゆる公定法を実施しなければなりません。しかも、その結果は「信頼される検査室」であるための要件を備えた検査室で実施される必要があります。例えば、「検査室を運用するための仕組みがある」「検査員の力量を担保できている」「内部精度管理や外部精度管理を行っている」といった要件が求められます。

(2) 自主検査は必ずしも公定法にこだわる必要はありません

一方、自主検査を行う場面は多岐にわたります。原材料や中間製品の検査、工程管理(HACCP)が的確に運用されていることを検証するための検査、従事者の衛生状態や環境の清浄度確認のための検査、クレームなどの問題発生時に原因究明や改善を行うための検査、さらには商品開発のための検査など、実に様々です(図2)。
微生物の自主検査では、必ずしも公定法にこだわる必要はありません。HACCPでは原材料や環境などの微生物基準は個々の現場で策定することができますし、どのような方法で検査するかは“自分たちの裁量”で決定することができます。検査に要する時間や費用、検査担当者の力量(知識や技術、経験などを含む)、検査室で利用可能な設備など、様々な条件を考慮して検討すればよいのです。 

図2 微生物検査の役割
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 川﨑晋先生作成、第2回コロセミナー「食品衛生における微生物検査と簡便・迅速検査法の活用」より

(3) 国際認証を取得した培地が望ましいと考えられています

一方で、公定法は「培地の調製に時間や手間がかかる」「無菌操作の技術が必要」「滅菌などで相応の資材が必要」「結果判定の際に相応の経験や専門知識が必要な場合がある」など、これまで検査の経験がない企業や、中小・零細規模の企業では、なかなか導入に踏み切れないケースも多いようです。「信頼される検査室」であるための要件を整備するのも、時間や手間のかかる作業になります。  そこで有用なのが、簡便・迅速に結果が得られる代替法、いわゆる“検査キット”です。ただし、市販の検査キットは多種多様です。「どのような検査法でも構わない」と言われても、どれを選べばよいのか悩むこともあるのではないでしょうか?
そこで最近は、できれば「国際的な第三者機関で妥当性の評価(「妥当性確認」「バリデーション」)が実施された方法」であることが望ましい、というのが共通認識となりつつあります。

 

3.検査の目的を明確に定める ~結果をどう活用するか?~

検査キットの導入を検討する際に大事なポイントは「検査の目的」を明確に定めることです。図2に示すように、自主検査の目的は多種多様です。定量的な検査(菌数を測定する検査)が必要でしょうか、それとも定性的な検査(菌がいるか、いないかを判定する検査)でよいのでしょうか? 検査対象は何がよいでしょう? 食中毒菌そのものの検査が必要でしょうか、それとも指標菌(食中毒菌の存在を示唆する菌)でよいでしょうか? サンプル数はどれくらい必要でしょうか?
そもそも、菌を対象とした検査が本当に必要なのでしょうか? 環境の清浄度を評価する場合、微生物検査よりもATPなどの化学物質を指標とした検査の方が適している場合があるかもしれません。
キーワードは「合目的」です。目的を果たす上で、適切かどうかです。検査の目的は「検査結果を活用すること」「検査結果を現場改善に生かすこと」です。「どのような結果が得られたら、次にどのような行動をとるか?」まで考えてみると、「今の自分たちにとって最適な検査法」が見つかるかもしれません。
その上で求められるのが「簡便性」「迅速性」「信頼性」です。「できるだけ操作が簡便で」「できるだけ短時間で結果が得られて」「できるだけ精度の高い、結果が信頼できる」ツールであれば、理想的です。しかし、市販の微生物検査キットは多種多様です。

図3 検査の目的に応じて、検査法を選定する
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 川﨑晋先生作成、第2回コロセミナー「食品衛生における微生物検査と簡便・迅速検査法の活用」より

 

4.培地の妥当性確認とAOAC認証について

(1) 簡便・迅速法は検査の省力化・省人化・効率化に貢献します

検査の目的に合致した方法であれば、簡便・迅速な検査キットを用いることは合理的な考え方といえます。特にこれからの将来、人手不足などの問題が深刻化してくると、検査担当者の人材確保や教育・訓練の時間の確保などは、これまで以上に難しくなってくる可能性があります。簡便・迅速な培地であれば、専門的な知識や技術を持たない人でも、安定した検査を行うことができます。
その際、AOACなど国際的な第三者機関による妥当性確認を受けて、国際認証を取得した培地を有効活用することで、検査担当者は「高信頼の自主検査を実施している」と自信を持って検査業務を遂行できますし、かつ取引先からも信頼される検査体制を構築できるようになります。  培地の第三者認証は、検査キットを選ぶ際に、重要な選択肢の一つといえます。

(2) AOAC認証とは?

①OMA認証とPTM認証の2種類があります

国際的に最も信頼される培地の認証一つに「AOAC認証」があります。簡便・迅速な微生物検査キットのカタログやホームページを見ていると、「AOAC OMA認証取得」や「AOAC PTM認証取得」といった言葉を見かけることがありませんか? これは簡単に言えば「AOAC Internationalという第三者機関による妥当性確認が行われた、信頼性が担保されたキットです」といった意味です。  AOACが発行する認証には、AOAC-OMA(Official Method of Analysis、公的分析法)とAOAC-PTM(Performance Tested Method、性能検証済み試験法)の2種類があります。OMAとPTMの大きな違いは「妥当性確認に参加する試験所の数」です。PTMは分析機関の数が1ヶ所でよいですが、OMAでは複数の試験所による「コラボ試験」を行う必要があります。  AOAC-OMAは、世界の食品流通市場では、いわゆる“ゴールドスタンダード”と認識され、公定法として採用している国も多くあります。  一方、AOAC-PTMは、AOAC-OMAまたはISO法を参照法として妥当性確認が行われており、そうした試験法と「ほぼ同等の性能がある」と認められた試験法です。国際的に「性能が信頼できる検査ツール」として認識されているので、自主検査ツールとして採用している食品企業が日本国内でも増えています。  AOAC-RIという言葉もよく耳にすると思います。RIはResearch Instituteの略で、AOAC-PTMを管理する役割を担う、AOAC Internationalの下部組織という位置付けです。

②AOAC認証の対象は微生物検査キットだけではありません

AOAC Internationalは1884年に設立された非営利団体 “Association Of Agricultural Chemists”(農業化学者協会)を母体とする「分析試験法の国際的な認証団体」です(1990年代に現在のAOAC Internationalに改称しました)。そのため、妥当性確認の対象は、微生物検査キットだけではなく、化学物質の検査キットなども含まれます。
弊社の衛生検査製品においては、微生物検査用フィルム培地「Easy Plate」の一般生菌数測定用「AC」、大腸菌群数測定用「CC」、大腸菌・大腸菌群数測定用「EC」、黄色ブドウ球菌数測定用「SA」、ATPふき取り検査(A3法)の試薬「ルシパックA3 Surface」、ヒスタミンの分析キット「チェックカラー ヒスタミン」で、すでにAOAC-PTM認証を取得しています(2023年5月末時点)。
これらの検査キットで得られた結果は、国際的な食品市場において高い信頼性をもって受け入れられます。そのため、弊社の衛生検査製品は、国際認証の取得に積極的に取り組んでいます(写真)。

写真 左から 微生物検査用フィルム培地「Easy Plate」、ルミテスター Smart&ルシパック試薬、チェックカラーヒスタミン

(3) 世界で認められている「妥当性確認の第三者認証機関」は4つあります

AOAC Internationalは、一言でいえば「国際的に認められた『分析法の妥当性確認』を行う第三者機関」と表現できます。国際的には、微生物検査はISOで規定された方法が標準(グローバルスタンダード)とされています。米国の公定法であるFDA-BAM法やAOAC-OMA法は、ISO法などを参照とした妥当性確認が行われています。
AOAC Internationalでは、市販の検査キットについても、ISO法などの国際標準に対する妥当性確認を行っています。世界にはこうした妥当性確認を行う第三者機関が4つ存在します(表)。これらの機関による妥当性確認を受けた、認証を取得した検査キットは、国際的に信頼されています。弊社のEasy Plateは2023年6月、一般生菌数測定用AC、大腸菌群数測定用CC、大腸菌・大腸菌群数測定用EC、および黄色ブドウ球菌数測定用SAでMicroVal認証を取得しました。AOAC InternationalもMicroValも、妥当性を評価・認証していますので、これらの認証を受けた検査キットは一定の品質であることが認められます※1
ちなみに、現時点では、日本国内には微生物検査の妥当性確認を実施できる国際的な第三者機関は存在しません。日本国内の標準試験法に関しては、平成17年に発足した「食品からの微生物標準試験法検討員会」が標準試験法(NIHSJ法)を策定しています※2

※1  「Easy PlateがMicroValの認証取得」 https://biochemifa.kikkoman.co.jp/kit/easy_plate/news/news_detail_223/
※2 「食品からの微生物標準試験法(国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部) http://www.nihs.go.jp/fhm/mmef/index.html

表 微生物検査法の妥当性確認を実施できる国際機関

AOAC International 米国
AFNOR フランス
MicroVal オランダ
NordVal ノルウェー

 

まとめ~さらに高まる簡便・迅速化、自動化・省力化のニーズ~

自主検査において「自分たちの検査結果は正しい」と証明するのは、実は大変な作業です。簡便・迅速な検査キットは、その大変な作業を、様々な角度から補ってくれます。  例えば、検査担当者の手技にバラツキがあれば、それだけで検査結果に個人差が生じます。簡便・迅速な検査キットであれば、そうした個人差は生じにくくなります(個人差が生じないことを確認方法としては、定期的に外部精度管理に参加するなどの取り組みが有効です)。その際、妥当性確認の国際認証を取得した培地を使用することで、検査結果に対する対外的な信頼度の向上が期待できます。  また、簡便・迅速培地は、検査業務の省力化・省人化・効率化にも大きく貢献します。「Easy Plate」のような、すぐに使える培地であれば、培地調製の時間や手間が不要ですし、緊急で検査が必要になった時も即座に対応できる、といったメリットもあるでしょう。最近は、検査業務の効率化をさらに後押しするソリューションとして、コロニーカウンターを提案する培地メーカーも増えています。  検査の目的を明確に定め、その目的に適した検査法を選定すること、そして得られた結果を有効に活用することが大切です。すぐに使える出来上がり培地で「簡便性」「迅速性」を、AOACなどの国際認証で「信頼性」を高めて、これまで以上に「信頼される検査室」を目指していただきたいと思います。

写真 弊社が提案するコロニーカウンターシステム
https://biochemifa.kikkoman.co.jp/kit/easy_plate/product/ccs/