ATPふき取り検査の基礎知識は、当サイトでも解説しています。また、さまざまな書籍やウェブサイトでも紹介されています。
 ATPふき取り検査は、誰でも簡便に、その場で約10秒で“環境の清浄度”が数値化できる方法です。効果的に活用いただくことで、皆様の現場の衛生管理のレベルアップに貢献できるツールです。しかしながら「世の中には“万能な検査法”は存在しない」というのも現実です。ATPふき取り検査をより効果的に活用するためには「検査に関する正しい知識」を理解することが大切です。
 そこで今回は、ATPふき取り検査の原理から現場活用まで、簡単なクイズを5題ご用意しました。クイズと解説で、今後の皆様の現場の衛生管理レベルの向上にお役立ていただけたら幸いです。

 

 

 

Q1 食品の製造環境のATPふき取り検査でわかることは何でしょう?正しいものを一つ選んでください。

①細菌の数
②ウイルスの有無
③汚れが残りやすい箇所

 

【正解】

【補足解説】
 食品の製造環境に汚れが残っていると、その汚れに含まれる微生物が食品を汚染する可能性があります(こうした汚染の仕方を「二次汚染」「交差汚染」と言います)。そのため、環境の清浄度管理(交差汚染の予防)は、HACCPの“土台”となる非常に重要な管理項目と言われています。
 ATPふき取り検査により、目に見えないレベルの「微細な汚れ」を検出することができます。ここで言う「汚れ」とは、食物やその残渣、人の汗や脂、ひいてはこれらに含まれる微生物など、あらゆる生物由来の物質を指します。そのため、ATPふき取り検査は、細菌数を測定しているのではなく、「汚れ全般」を測定する検査法と言えます。
 一般的に、ATPふき取り検査の測定値は、菌にも由来しますが、手の汗や脂、付着した食材などの汚れにも由来するものです。したがって、数値が高いからといって、必ずしも菌が多いことにはつながりません。ただし、菌は汚れと一緒に存在する場合が多いので、数値が低ければ菌汚染のリスクも小さいといえます(図1)。


図1 ATPふき取り検査で得られる情報(作成:ATP・迅速検査研究会) 

  ただし、ウイルスは遺伝物質(DNAやRNA)がタンパク質の殻に納まった構造で、ATPを含みません。そのため、ATPふき取り検査ではノロウイルスや新型コロナウイルスの検出はできません。
 見た目がピカピカでも、見えないレベルの汚れが残っていることはあります。特に構造が複雑な装置や器具の場合、あらかじめ適切な洗浄手順を決めておかなければ洗い残しを見逃すかもしれません(写真1)。ATPふき取り検査を環境全般で実施することで、汚れが残りやすい箇所や、洗浄手順が適切であるかどうかを把握することも可能です。


写真1 構造が複雑な装置や器具の場合、ATPふき取り検査は“洗い残し”がないようにするためのチェックツールとして有効です
(出典:第128回ルミテスターセミナー「ルミテスターを活用した衛生管理」株式会社横浜八景島/株式会社シバフードサービス 桐ケ谷成昭 氏

 

Q2 ATPふき取り検査を手洗いの評価に利用することはできる。○か×か。

【正解】
○(ただし留意点があります)

【補足解説】
 不十分な手洗いは、ノロウイルス食中毒など食品事故の原因となることがあります。そのため「食品衛生は手洗いに始まり、手洗いに終わる」という金言があるくらいです。学校給食の分野では、食中毒予防では「手洗いと加熱調理が重要」という意味を込めた「食品安全は《洗手必焼》」というフレーズが用いられているくらいです(写真2)。


写真2 文部科学省が作成した手洗いマニュアル
(出展:第78回ルミテスターセミナー「学校給食の調理現場におけるATP 検査を活用した衛生管理」女子栄養大学 金田雅代・岐阜県学校給食会 栗山愛子

 手洗い教育の一般的なやり方の一つに、シャーレや手の形をした培地を用いて、手洗い後の手指の微生物汚染の状況を確認する方法も有効です。しかしながら、培養を伴う検査では結果がわかるまでに時間がかかってしまう点などが課題となります。ATPふき取り検査は「検査の手順が簡便」「検査結果がすぐに数値でわかる」といった特徴があるので、手洗い教育で活用している現場は多いです。
 図2の赤色の部分は、「正しい手洗い手順」でなければ、洗い残しが生じやすい箇所です。手洗い後のATPふき取り検査では、赤色の箇所を意識しながらふき取ることで、教育効果はより一層高まると考えられます。

図2 手洗いで洗い残しが生じやすい箇所
(出典:厚生労働省「手洗いで感染症予防」より抜粋

 ただし、手洗いにより手のシワの奥から汚れが浮き上がることによって、手洗い後の方が高い測定値になることもあります。あるいは、手荒れ防止のハンドクリームを使用している人の場合、クリームの植物成分などに由来するATPによって高い数値が出ることもあります。また、まれなケースですが、何度手洗いをしても高い測定値を示す特別な性質の手の人もいます。ATPふき取り検査を手洗い教育に使用する場合は、そうした点にも留意してください。

 

Q3 洗浄後のATPふき取り検査で、洗浄面にアルコールが残っていた場合、数値はどうなるでしょう?

①本来よりも高くなる
②本来よりも低くなる
③アルコールの影響はない

 

【正解】

【補足解説】
 ATPふき取り検査は、ホタルの発光と同じ原理を用いた“酵素反応”です(図3)。試薬中に酵素と発光基質(ホタルが持っているルシフェラーゼとルシフェリン)が入っていて、それらと汚染指標であるATPが反応すると、光が発生します。

図3 ATPふき取り検査の原理

 酵素反応ですから、それを阻害する要因があれば、測定値は本来よりも低い値を示します。例えば、環境のATPふき取り検査を行う場合、アルコール噴霧した直後で使用すると、アルコールの影響で測定値は本来よりも低い値となります。そのため、ATPふき取り検査のタイミングは、洗浄の後、かつアルコール噴霧の前がベストです。
 pHが低い食品(酸性の食品)や高い食品(アルカリ性の食品)、塩濃度が高い食品などでも同様です。例えばキムチや醤油の工場などでは、目視で汚れている箇所をふき取ったにもかかわらず、ATPふき取り検査で低い測定値を示すこともあります。しかし、このことは必ずしもATPふき取り検査の“弱点”や“欠点”ではありません。
 ATPふき取り検査は「見えないレベルの汚れの残留」を確認するための検査法です。そのため、本来は一般衛生管理の中でSSOP(衛生標準作業手順)に従って洗浄を行い、目視で食品残渣が無くなった状態で使用する検査法です。その状態であれば、食品のpHの影響は考える必要はないはずです。
 洗浄剤も同様です。洗浄剤が残っている状態でATPふき取り検査を行えば、洗浄剤によって酵素反応は阻害されて、本来よりも低い数値になります。しかし、SSOPに従って洗浄を行っていれば、その環境には洗浄剤が残っていないはずです。
 水は残っていても、検査に特段の支障はありません。ドライな状態でもウェットな状態でも構いませんが、後からデータの傾向分析を行うことを考慮に入れると、いつも同じ条件で検査を行う方が望ましいでしょう。
 なお、酵素反応ですから温度の影響も受けます。測定装置の温度補正機能を利用するか、あるいはふき取ったサンプルを常温の部屋に持っていってから測定を開始することをお勧めします。

 

Q4 ATPふき取り検査について公的な基準は存在する。○か×か。

【正解】
×

【補足解説】
 ATPふき取り検査は、食品衛生検査指針(2004年版以降)に収載されているほか、さまざまなガイドライン※1でも紹介されている、広く認知された検査法です。ATP検査法は、繊維製品の抗菌性・抗カビ性の評価方法としては、JISやISOにも登録されています※2
 ただしATPふき取り検査の測定値(RLU値)については、同じ対象をふき取った場合であっても、使用している測定装置のメーカーによって異なります。そのため、どの現場でも汎用的に使える一律の基準値は存在しません。現場ごとに、検査対象ごとに、使用している装置ごとに、適切な“自主基準値”を設定することが大切です。
 測定機器のメーカーが提示している基準値や、文献などで紹介されている他社の基準値、当ウェブサイトで紹介している運用マニュアル※3などを参考に、各現場に最適の基準値を設定ください。また、基準値はいったん設定した後でも、運用しながら変更することも可能です。
 HACCPは“自主衛生管理”のための考え方であり、それを支えるツールの一つが“自主衛生検査”です。HACCP制度化の施行に伴い、2021年6月1日付で各種衛生規範(弁当及びそうざい、漬物、洋生菓子、生めん類、セントラルキッチン/カミサリー・システム)が廃止となりました。これは、HACCPでは「現場ごとに最適な衛生管理の基準を設ける」という考え方が重要だからです。合理的・科学的な根拠があれば、引き続き衛生規範を参考にしても問題はありませんが、基本的には「現場ごとに合理的・科学的な根拠のある衛生管理の基準を設ける」という考え方が、HACCP制度化の時代ではスタンダートになると考えられます。
 そうした時代においては、誰でも簡便・迅速に、数値で結果が得られるATPふき取り検査を効果的・効率的に活用することは、HACCPを支える有効なツールとして活躍するのではないでしょうか。
 ただし、信頼できる検査結果を得るためには、ふき取り方やふき取り面積、ふき取り圧力などを定めたマニュアルを作成することをお勧めします※4。検査マニュアルを作成し、遵守することは、検査結果のバラツキを抑えることにつながります。

※1 ATPふき取り検査に言及したガイドラインの例
・循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル(厚生労働省健康局生活衛生課)
・鋼製小物の洗浄ガイドライン2004(日本医科器械学会)
・洗浄評価判定ガイドライン(日本医科器械学会)、など
※2  ATPふき取り検査が関係する繊維製品のJIS・ISO規格
・JIS L 1902:2008「繊維製品の抗菌試験方法及び抗菌効果」
・ISO 20743:2007“Determination of antibacterial activity of antibacterial finished products”
・ISO 13629-1:2012“Determination of antifungal activity of textile products-Part 1: Luminescence method”
※3 運用マニュアル(基準値設定など) https://biochemifa.kikkoman.co.jp/kit/atp/method/guide/
※4 第85回ルミテスターセミナー「ATPふき取り検査を活用した調理厨房の衛生管理」日清医療食品株式会社 蒲生健一郎

 

Q5 ①~⑤の中で、最もATP量が多いといわれる食材はどれでしょう。

①豆腐
②米飯
③食肉・食肉加工品
④ビール
⑤食用油

 

【正解】

【補足解説】
 この問題は、実際にATPふき取り検査を実施したことがない方には難しかったかもしれません。
 食材の種類によるATP量のレベルの傾向を表にまとめています。ほとんどの食品はATPを含んでいるので、食品工場や飲食店の厨房などで洗浄後の清浄度管理の汚染指標としてATPを使用することは有効です。しかし、表に示すように、食材が持っているATPのレベルは、食品の種類によって異なります。なお、食用油にはほとんどATPは含まれていません(油汚れに食材由来の汚れが含まれている場合は測定可能です)。
 また、食品中のATP量は、食品の加工や調理の度合いによっても変化します。食品中に含まれるATP(アデノシン三リン酸)は、加熱や発酵などによって分解され、AMP(アデノシン一リン酸)やADP(アデノシン二リン酸)に変化する場合もあるのです。つまり、加工度が高い食品、発酵や熟成が進んでいる食品の場合は、ATPだけでなく、AMPやADPも同時に測定できれば、清浄度評価で“過小評価”をするリスクが減ると考えられます。
 そこで有効な手段が「ATPふき取り検査(A3法)」です。ATPふき取り検査(A3法)は、世界で唯一、ATP、AMPおよびADPを同時に検出できる特許技術です。特に食肉加工食品や海産物、発酵食品などでは、ATPだけを指標とした検査よりも、ADP・AMPも同時に測定した方が、より高感度な食品残渣の検出――すなわち「より高度な衛生管理」が実現できると考えられます。  Q4で解説したように、ATPふき取り検査は“公的な基準”が存在しない、自主管理の手法です。検査の検体数やふき取り箇所、基準値などは“自分たちの現場の実情”に合わせて検討することができます。
 自主管理や自主検査で懸念材料となるのは「リスクを過小評価すること」です。リスクを過小評価してしまうと、効果的な“継続的改善”につなげることができなくなります。高感度な検査を取り入れ、その検査を継続的に行って「検査結果の傾向(トレンド)」を読み解くことは、皆様の現場のHACCPシステムの継続的改善への“足がかり”になるはずです。
 なお、食材によるATPふき取り検査とA3法の測定値の比較については、※5や※6などをご参照ください。

※5 測定値の比較(食材別):ATPふき取り検査(A3法)の優位性
※6 ルシパック20年記念講演会「ATP ふき取り検査から A3(ATP + ADP + AMP)ふき取り検査へ」

 

表 食材中のATP量の比較